[戯言] 偏見ですが何か?

それらが偏見だと理解しつつ、「偏見も一つの考え方あるいは見方である」との言い訳のもと、つらつらと戯れてみる。

  • 「べき論」で語る、思考停止(20181006)
    べき論も時として必要だけど、さも自分の意見が世間から支持されているとしたい人、あるいは変化に対してついていけない老害などがよく発する言葉。大した根拠もなく、自らの狭い了見から得た結論なのに、「当然、◯◯すべき。」あるいは「◯◯であるべき。」とか結論付ける。大抵は老害者だが、時折比較的若手でもいてる。(若手の場合は、さも自らが高い場所から俯瞰的に物事を判断している様な錯覚に陥っている10代にありがちな病気を、20代30代まで引きずってしまったタチの悪いタイプ)。
     と、このようなべき論を安易に断罪する私自身が、老害かつ10代の流行病に罹患している一番タチの悪いタイプなのだろうけれど。

  • 「血税がーーー」とやたらfacebookやtwitterで叫ぶ人たち。(20180512)
    何かと言うと「血税」と言う言葉を使いたがる人ほど、大した額の税金を納めていない。むしろ社会に生かしてもらっている。様に感じる。
  • 「バカにしているのか!?」とキレる人は大抵バカにされている。(20180410)
     そんな怒り方(キレ方)をしていたら、そりゃバカにもされますよ、旦那。
  • ペット動物を家族と呼ぶ奴は配慮に欠ける。特に犬。(20180324)
    愛玩動物を可愛がることは良いことだと思う。しかし、人前でもペットを家族と呼ぶ(あるいはペットの名前にちゃん付けして呼ぶ)系の人は他人にまで、ペットを擬人化して可愛がることを求める傾向がある。
     その動物が苦手である、あるいは嫌いなことを伝えようものなら、真顔で「えーーー!!!、なんでーーー???」「こんなに可愛いのにぃぃぃ。」などとお馬鹿さをアピールしてくる。「説明しても、お前のおバカな頭では理解できん!!!。」と答えるのが模範回答。
  • (思想的な)多様性を求める人ほど多様性を認めない。(20180323)
    (思想的な)多様性を声高に叫ぶ人ほど、他人に自分の価値観を押し付けようとする(=考え方の違う人の多様性は認めない)傾向が強い。強いと言うかほぼ間違いなくそうであると感じる。
    ともすれば、相手を悪と決めつけて平気で攻撃(口撃)をしてくる。そしてその攻撃(口撃)は(自分だけが正しいと思っている)確信犯なので、いくら理論立てて反撃しても立て板に水となる。
    思考が停止している最たる人々。
    派生形として、「自分たちは理解されていない。理解して!!!。」と声高に叫ぶ人(流行りの言葉で言うとマイノリティ)ほど、自分たち以外のことは理解しようとしない。
    百歩以上譲って、そう言う考え・嗜好の人がいてることを知って、と言う主張であればまだ許せるが「理解することを求め、それを強要する。」のは無茶苦茶である。