読後感

白鳥とコウモリ/東野圭吾

タイトル:白鳥とコウモリ
初版:2021年4月5日
発行:株式会社幻冬舎
著者:東野圭吾[ひがしのけいご]

遺体で発見された善良な弁護士。
一人の男が殺害を自供し事件は解決――のはずだった。
「すべて、私がやりました。すべての事件の犯人は私です」
2017年東京、1984年愛知を繋ぐ、ある男の”告白”、その絶望――そして希望。
「罪と罰の問題はとても難しくて、簡単に答えを出せるものじゃない」
私たちは未知なる迷宮に引き込まれる――。

honto Webサイトより

 4月に購入はしていたものの、積読だった本に少しずつ読み出せそうにあった7月。忙しいのも悪くはないけれど、週末はやはりのんびりとしたいと言う気持ちもある

 さて、本著については。

ストーリー展開は目が離せない

 前半で早々に容疑者を自白に追い込む。当然、推理小説としてこの容疑者は真犯人ではないと予測される。そこから、警察の見立てや本人の自供の矛盾点を少しずつ洗い出していくなかで真犯人に近づいていくストーリー。 
 前半に犯人が逮捕され、その矛盾を暴いていくあたりは、容疑者Xの献身を彷彿とさせられた。違いは最後まで真の容疑者(真犯人)が分からないこと。

真犯人の犯行動機については、ちょっと強引すぎるような・・・

 オチの部分というか、真犯人の「真の動機」の部分は、ちょっと乱暴すぎるオチな感じたがした。
 昔の漫画で、夢オチ、と言うのがあった。夢なんだから何でもOKと言う、それ。当時、その雑さ加減に辟易した風潮もあったと思う。それに近いものを少し感じる。
 話はそれるが、その風潮があるなかで、あえて夢オチとしたハイスクール奇面組と言う漫画は、個人的には好きだった・・・どうでもいいか。
 話は本作品に戻る。もう少しどうにかならなかったものか・・・。500頁におよぶ大作の最後のオチ(真犯人の動機)がそれではちょっと腑に落ちない。
 その殺害動機だと何でも成り立ってします。最後の最後に肩透かしをくらった感は否めない

それでも面白い

 全編500ページで目まぐるしく変わる状況、徐々に明らかになる登場人物たちの複雑な関係性や容疑者の発言の矛盾。飽きさせない。読む速度が遅いのもあるけれど、早朝から読み始め、昼過ぎまでたっぷりと集中して読了。
 この辺りはさすがと言うところだと思う。
 事実、朝(7時ごろ)から読み始めて、食事・トイレ以外の他のことはほぼ何もできない状態で、読了する昼過ぎまでずっと読み受けっていた。ほぼ今日と言う1日が終わってしまった。
 そう言う意味では、外出して遊びにいくことを考えると、(秀逸な)本というのは、なんとも費用対効果の良い娯楽であることを再確認した。

個人的懐かしさ

 個人的なところで、昔に営業で担当していた常滑(愛知県)が出てきたりして懐かしかったりもした。常滑なので、登場人物の名前(苗字)が新見だったり(知多半島出身の超有名どころは、新見南吉[にいみなんきち])とローカルな懐かしさがあった。就職して最初の配属先が東京だったし、出てくる東京の地名も懐かしい。

 常滑・・・。ぶらりと撮影旅行にでも行ってみるか・・・。

調べた言葉

  • 悄然[しょうぜん]:①雰囲気がものさびしいさま。ものしずかなさま。②しおれて元気のないさま。しょんぼり憂いに沈んでいるさま。
  • 馘首[かくしゅ]:②役職や勤めをやめさせること。免職または解雇すること。くびにすること。くびきり。
  • 諦念[ていねん]:道理をわきまえてさとる心。また、あきらめの気持。断念。
  • 接穂・継穂[つぎほ]:②話をつなぐきっかけ。→つぎほがない。
  • 継穂 が ない:寄りついたり、ことばをかけたりする糸口がない。

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