えげつなく使い難い

 Wordpressが5.0のバージョンアップに伴い、エディタも大きく改変された。
 様々なサービスにおいて、改変の際には(新しいシステムに)不慣れなこともあり、多少の戸惑いもあるなか、大抵は慣れてしまえばどうってことない。あるいは確かに使いやすくなったりするものだ。
 なのでこのVer5のエディターもしばらくは使ってみようと思った。
 が、兎に角使い難い。筆舌に尽くしがたいくらい使い難い。これ、誰得よ?って言うくらい使い難い。過去の投稿の画像の投稿すらまともにできない。
 とりあえず、すぐに根を上げてしまい、旧エディターに戻し方を調べて対応した。


ダッシュボード→プラグイン→新規追加:「Classic Editor」を検索してインストール。
旧エディター復活でめでたしめでたし。

金の無い愛は「憐れみ」、金の無い幸せは「慰め」。

俺的迷言。

溢れるほどの金は必要ないけれど、「衣食足りて礼節を知る。」レベルのお金は必要だと思う。
一昔前に流行った「清貧」(無理に富を求めようとはせず、清く正しく生きて貧しい生活をすること。)なんて、所詮は現状を認めたくない、そして努力を放棄した人たちの言い訳でしかないと思う。
もちろん、世界には、ごく例外的に本当に無欲な人っていてると思うけれど、俗世で生きている限りでは会ったことはない。

希望とは、満たされ無い者が持つものだ。

アメリカのドラマ「プリズンブレイク」(字幕)より

希望とは、満たされ無い者が持つものだ。

 私自身はこのドラマを見ていないけれど、嫁が見ていたTVを横目で見ながら飛び込んできた一言。なので、前後の脈略は不明。
 また、原文(英語)がわからないので、あくまで和訳に対してのコメント。
 一見すると迷言っぽい?。と思ったけれど、よくよく考えると、そりゃそうだ。っと言う言葉。自分が望むレベル・段階に達していないから希望するわけである。
 もちろん、努力の伴わない希望は、愚者の願望でしかないけれど。

今天不站出来,明天站不出来

2014年香港雨傘運動のスローガンより。

今天不站出来,明天站不出来

2013年ごろの日本でも東進ハイスクール(予備校)のCMで、「いつやるの、いまでしょ?」と受験生を鼓舞する言葉が流行った。
また、昔から「遅きに失する。」とも言うし、イタリアの諺では「チャンスの女神に後ろ髪はない。」なんて言うのもあるらしいし。
ややこしいことを、ついつい先延ばしにしがちな時に効く名言。

さすがに香港雨傘運動ほどの深刻さに巻き込まれることはない。と願いたい。

追えば追うほど遠ざかるのが夢なんだよ。

飯島真理「夢色のスプーン」より。(作詞:松本隆)

「追えば追うほど遠ざかるのが夢なんだよ。」

 より高みを目指すと、知れば知るほど(追えば追うほど)遠ざかる目標や到達点。
 だからと言って、追わなくても良いというわけでもない。
 結局追い続けるしかないのが「夢」なのかも知れない。